ダイヤモンド編集部 ,名古屋和希 :副編集長

2023年1月23日

【スクープ】任天堂創業家のファンドが東洋建設に株主提案へ、6月総会で「取締役選任」を要求

任天堂創業家の資産運用会社、ヤマウチ・ナンバーテン・ファミリー・オフィス(YFO)が、海洋土木の東洋建設に株主提案する方針を決めたことがダイヤモンド編集部の取材で分かった。6月の株主総会でYFOが推す取締役候補の選任を求める。YFOは昨年5月に東洋建設に株式公開買い付け(TOB)による株式非公開化を提案したものの、同社の経営陣との協議は難航してきた。このタイミングでYFOが株主提案に踏み切る狙いとは。(ダイヤモンド編集部副編集長 名古屋和希)

任天堂創業家ファンドが株主提案へ
ファンドが推す取締役の選任を要求

任天堂創業家の資産運用会社、ヤマウチ・ナンバーテン・ファミリー・オフィス(YFO)は1月23日にも、海洋土木業界3位の東洋建設に株主提案する方針を決めたと公表する。

 YFOは自らが推す取締役候補の選任を求める。具体的な候補者の名前など株主提案の詳細な中身については今後明らかにする。6月に開かれる東洋建設の定時株主総会に向け、委任状争奪戦が繰り広げられる見通しとなった。

 YFOは任天堂を世界的企業に育てた故山内溥氏から受け継いだ資産をもとに、孫の山内万丈代表によって2020年に設立された。運用資産額は1000億円を超え、スタートアップや事業会社への投資を活発化させている。

 YFOと東洋建設の攻防の経緯を振り返る。事の発端は約1年前。2022年3月に準大手ゼネコンの前田建設工業を傘下に持つインフロニア・ホールディングス(HD)が東洋建設の完全子会社化を目指して株式公開買い付け(TOB)を実施した。東洋建設もTOBに賛同した。

 そこに割って入ったのがYFOである。インフロニアのTOB期間中に東洋建設株を買い集め、約27%の株式を保有する筆頭株主に躍り出た。そして、YFOは5月に東洋建設に対してTOBを正式提案。TOB価格はインフロニアの1株770円を大きく上回る1株1000円とした。「東洋建設の潜在力を高く評価した」。YFOの村上皓亮最高投資責任者(CIO)は6月のダイヤモンド編集部のインタビューにそう語っている(『任天堂創業家のファンド幹部が東洋建設TOBの理由を初激白「潜在力を高く評価」』参照)。

提案を受けた東洋建設の取締役会は5月下旬に事実上の買収防衛策の導入を決め、徹底抗戦の構えを見せた。だが、6月の株主総会の前日に導入議案を撤回することになる。機関投資家の多くが「不適切な買収防衛策」などとして反対に回ることが見込まれたためだ。

 一方、YFOは歩み寄りの姿勢を見せた。YFOは東洋建設の取締役会の賛同がない限りTOBを実施しない意向を表明。同社の事前同意なく株式を買い増さないとの誓約書も提出したのだ。実際、YFOは東洋建設株を買い進めていない。

 その後、8月には東洋建設の取締役会とYFOの間で秘密保持契約が締結された。東洋建設の企業価値の向上策などについて両者で協議を進めるためだ。

 協議はかなりの回数にわたり開かれたもようだ。だが、YFOがTOB開始の前提とする取締役会の賛同は得られず、当初22年6月下旬としたTOBの開始時期は繰り返し延期されてきた。

 では、協議を深める考えを示していたYFOが一転、委任状争奪戦に踏み切る方針を決めたのはなぜか。次ページでは、YFOが株主提案に踏み切る理由と、その狙いを明らかにする。

 また、今回のように、正式な株主提案までに時間的な猶予がある“予告型”のものは極めて異例だ。株主構成などに影響が出ることも予想される。YFOの株主提案がどのような中身になる可能性があるかを示した上で、委任状争奪戦の行方も占う。


東洋建設「買収で事業基盤が崩壊」
YFO「客観的な根拠を伴わない」

YFOが株主提案に踏み切る背景には、東洋建設の経営陣への不信感があるといえる。

 「海洋土木事業者以外の会社が東洋建設を非公開化した場合、事業基盤が崩壊し、会社の存続が危うくなる」

 YFOが22年12月に公表した協議の経緯によると、東洋建設はYFOとの協議で、そんな主張を繰り返し表明していたという。

 港湾工事を中心とする海洋土木業の東洋建設は、全体の事業構成のうち公共工事が民間工事を上回る。YFOの傘下に入ると公共工事の受注機会が減るとの懸念があったようだ。

 ただし、東洋建設がTOBに賛同表明したインフロニアも海洋土木事業者ではない。こうした点も踏まえYFO側は「(東洋建設の主張は)客観的な根拠を伴わない。最大限配慮し、懸念を解消するための提案をしたが、具体的な協議に応じなかった」と強調する。

 関係者によると、東洋建設はYFOに「会社の存続が危ういとの根拠が示せないので、別の理由を探さなければならない」などと説明したともされる。

 東洋建設による買収提案の具体的な検討が進んでいないことについても、YFOは不満を募らせていたようだ。

 実際、YFOは「(東洋建設の経営陣が)会社の存続が危うくなるとの主張にほぼ終始」し、取締役会で買収提案の具体的な検討がなされないことを問題視している。

 東洋建設の開示によると、同社は22年11月に取締役会による機関決定がないことを明示した上で、「TOBに賛同できない」とYFOに伝えたという。YFOはこの点に関して「適正なプロセスに基づく判断がされたとは評価できない」などと批判している。

 そして、YFOは取締役会の賛同が得られずTOB開始を計4回も延期することになる。事業計画の策定に必要な情報などが提供されなかったことなども含め、YFOには“時間稼ぎ”と映ったようだ。

 今回、株主提案する方針を決めた1月下旬も4回目の延長の期限である。YFOが、もはや色よい回答が見込めないとの判断に至ったことは想像に難くない。

YFOは取締役「過半数」狙う?
6月の総会までに新規株主参入も

YFOは4月にも株主提案の具体的な中身を明らかにする見通しだが、提案の柱は自らが推す取締役の選任を求めるものだ。

 現在、東洋建設の取締役ポストは社内5、社外3の計8。YFOは社外だけでなく社内の取締役候補も提案する方向で調整している。東洋建設の武澤恭司社長らの再任には反対に回る一方で、主力事業に明るい取締役の再任には賛成する可能性もある。YFOが取締役の過半数の確保を目指す展開もありうる。

 YFOが取締役メンバーの入れ替えを目指す最大の狙いは、東洋建設のガバナンス改革といえる。具体的には、取締役会でYFOの買収提案の検討を進めるようにする。取締役の独立性を担保した上で、インフロニアとYFOの買収提案の比較だけでなく、ほかのファンドや事業会社による買収提案があれば検討対象に加える。

 今回のように、株主が、正式な株主提案に先んじて、提案方針を表明するのは極めて異例だ。東洋建設の6月の株主総会での議決権の権利確定は3月末の予定だ。つまり、YFOの株主提案があることを前提に株式売買がなされ、株主は動くことになる。

 東洋建設の株主構成をみると、筆頭株主は27%保有するYFOだが、TOBが不成立に終わったインフロニアが20%を持ち、東洋建設の従業員持ち株会も3%を保有する。

 誓約書を提出しているYFOは株の買い増しはできないが、新規のファンドや事業会社が思惑を持って参戦する可能性も小さくない。YFOと東洋建設の攻防戦は混迷の一途をたどりそうだ。