梅咲 恵司 : 東洋経済 記者

2023年02月07日

任天堂創業家VS東洋建設「空白の250日」の全貌 買収提案をめぐって異例の長期戦を展開

任天堂創業家が東洋建設に提案した買収案をめぐり、両社は昨年5月からおよそ8カ月にわたって協議。事態が進展せず、任天堂創業家は今年6月の東洋建設の株主総会で、同社社長らの再任に対し反対を表明。水面下で繰り広げられてきた攻防戦の内実に迫る。

東洋建設が本社として入居する東京・神保町のオフィスビル。この11階にある東洋建設の応接室でトップ会談が行われた(記者撮影)

2022年12月5日。小雨模様の肌寒い1日となったこの日。東京・神保町のオフィスビル11階にある、マリコン(海洋土木)大手・東洋建設の本社の応接室で、2人の男が対峙した。

ひとりは任天堂創業家の資産運用会社、ヤマウチ・ナンバーテン・ファミリー・オフィス(YFO)の代表者である山内万丈氏。任天堂の中興の祖として知られる故・山内溥(ひろし)氏の孫(戸籍上は溥氏の次男)だ。一方は、東洋建設の武澤恭司社長。建築の営業畑を歩んできた、たたき上げである。

YFOは2022年3月ごろから東洋建設株を買い集め、5月の時点で27%超の株式を持つ筆頭株主となった。5月18日には、東洋建設の経営陣の合意を前提に、同社に対して「友好的」な買収を提案。1株1000円の価格を提示し、完全子会社化を見据える。

YFOは先進的な技術を持つスタートアップへの投資を基本とする一方で、旧態依然とした「レガシー産業」企業の変革を促す活動も重視している。

任天堂の中興の祖として知られる故・山内溥氏。ヤマウチ・ナンバーテン・ファミリー・オフィス(YFO)は山内家の資産運用会社だ(撮影:梅谷秀司)

12月5日会談で完全に決裂

この買収提案以降、両社は実に250日もの間、回数にして20回、時間にして40時間以上もの協議を重ねてきた。当初は事務局による話し合いだった。だが、買収提案に対する見解の相違が解消されることがなく、2022年10月以降は両社のトップ(代表と社長)による協議に移行した。

12月5日は、5回目のトップ会談だった。だが、この日はそれまでのお互いの話をじっくりと聞く紳士的なやりとりから一変。東洋建設が事前に提示した「全株式取得のご提案に賛同することはできない」と記述した非公式の書類に対し、万丈氏が気色ばんだ。「われわれの提案を受け入れないとは、どういう見解なのですか」「(東洋建設は)ガバナンスが効いていない」。結局、万丈氏は早々に席を立ち、30分ほどの短時間で会談が終了した。

両社は、この「12・5会談」で完全に決裂。 YFOは2023年1月23日に、同年6月に開催予定の東洋建設の定時株主総会において、武澤社長を含む3人の取締役の再任に反対すること、そして独自の取締役候補を株主提案することを公表した。

250日もの異例の長期間にわたり協議を続けてきた両社だが、実のところ、話し合いは最初から最後まで平行線を辿ったままだった。

2022年6月に行った東洋経済のインタビューに対して、東洋建設の藪下貴弘代表取締役専務執行役員は次のように語っている。「まだ話し合いのステージに立てていない。まずは交渉をスタートするに当たっての環境をつくりましょうという姿勢だ」。協議はこの状態から、一歩も前進することがなかった。

2022年6月、東洋経済のインタビューに応じた東洋建設の藪下貴弘代表取締役専務執行役員(撮影:梅谷秀司)

5回の会談の全経緯

1回目の会談は、これまでの経緯の確認などで終わったようだ。2回目は、武澤社長が建設業界やマリコンの状況など、独特の業界の構造を万丈氏に説明することに時間を費やしたという。山が動いたのは3回目だ。

「武澤さんの(買収提案に対する)意見を聞かせてください」。万丈氏はこう切り出した。武澤社長が「第三者委員会や取締役会を経た判断は(時間がないこともあり)できない」と伝えたところ、万丈氏は「手続きを踏んだ正式な提案でなくて、『気持ち』を連絡することでよいので、ぜひとも(書簡を)提出してほしい」と要請した。

この要請にしたがって、4回目の会合で武澤社長が万丈氏に手渡した書面が、この記事の前段で述べた「全株式取得のご提案に賛同することはできない」と記した書類だった。東洋建設側は買収提案に、非公式ながらも「ノー」を突きつけた形となった。ただ、YFOが企図する非上場化ではなく、「上場を維持しながら、ほかの道を議論する余地はないか」といった別の提案も盛り込んでいた。「YFO側の意向に、すり寄った内容だった」(東洋建設の関係者)。

「東洋建設としてはエクイティ(株式)ではなくて、デッド(資金の貸し手)といった形でYFOに今後の協力を依頼したかったのだろう」と、前出とは別の東洋建設の内情に詳しい業界関係者は推測する。

結果論として、この書面はYFOの怒りを買った。5回目の「12・5会談」では、先術したように、万丈氏は早々に席を立った。

そして、YFOは2023年1月23日に、「コーポレートガバナンスにおける重大な問題点」と題したリリースを公開。東洋建設が提出した書面を「不賛同表明書簡」と表現し、「事実上250日もの間、買収提案の検討を行わなかった。特別委員会での検討プロセスや取締役会による機関決定を経ずに書簡を交付するという、上場企業としては極めて不適切な意思決定プロセスを行っている」(*編集部で一部編集)と批判した。

東洋建設の関係者は肩を落としながら、こう語る。「YFOは当初、書面が機関決定を経たものでないことについて問題視していなかった。途中から、ガバナンス不全を指摘する作戦に変更したのかもしれない。コミュニケーションがうまくいかなかった」

議論がまったくかみ合わないまま、協議はもの別れに終わった。振り返ってみると、不毛な議論に終始した、いわば「空白の250日」だったと言える。

「まともに議論しない戦法」と批判

東洋建設の一連の動きについて、YFOは不信感を募らせる。「東洋建設は『入り口から入れない』(まともに議論しない)という戦法だった。しかも、マリコン以外の会社が東洋建設を買収して非公開化した場合、公共事業の受注が得られなくなるという、『基盤の崩壊リスク論』の一点張りだった」(YFOの関係者)。

このYFOの関係者は、さらに語気を強める。「東洋建設は『ちょっと脅せばわれわれが出ていく』と、高をくくっていたのではないか。基盤論に終始して議論を止めてしまうやり方から、そう考えざるを得ない」

経営陣への不信感を拭えなかったことから、YFOは東洋建設の武澤社長らの再任に反対する株主提案を提出する意向だが、株主の過半数の賛同を得られるかどうかは不透明だ。

東洋建設に出資する一部の海外ファンドは、「YFOが1株1000円で買い取るというよい条件を提示しているにもかかわらず、東洋建設はこの買収提案をきちんと検討していない」と不満を持っていると見られる。だが、「さすがに過半数の賛同を集めるのは難しい」(マリコン大手の幹部)というのが業界関係者のもっぱらの見方だ。YFOは東洋建設の株式を100%取得する方針のため、海外投資家と結託して委任状争奪戦を繰り広げることも考えにくい。

株主総会後に、YFOは東洋建設の意向に関係なく、TOB(株式公開買い付け)に踏み切る可能性もある。YFOの資産規模は2000億円とも言われるため、資金力は十分にある。

しかし、YFOはTOB開始時期のメドをこれまで5回にわたって延長してきた(現在は、2023年9月下旬をTOB開始のメドとしている)。東洋建設については、資本・業務提携先である準大手ゼネコンの前田建設工業が東洋建設株の20%を保有していることもあり、「TOBは不成立に終わる可能性がある。(これまでの経緯も考慮すると)YFOはTOBをしかけてこないだろう」(前出の東洋建設の内情に詳しい関係者)と見られる。

「東洋建設は買収提案の内容を評価する作業に入った」と、この関係者は明かす。東洋建設は今後、第三者委員会などを立ち上げ、株主総会前の段階で正式に「買収提案に賛同しない」ことを表明する可能性もある。事態は混沌としたまま、さらに長期戦となる様相を見せる。

YFOは「東洋建設は上場を廃止して、改革に本腰を入れてほしい」との主張を繰り返した。片や東洋建設も、「非上場化を前提とするのならば買収提案には応じられない」「改革の具体策を示してほしい」との主張に終始した。

当初は、事務局での話し合いが幾度となく行われた。YFO側は万丈氏の幼なじみで、現在はYFOの最高投資責任者である村上皓亮氏らが出席。東洋建設側は薮下専務らが出席した。

だが、両社の溝は埋まることがなかった。東洋建設は買収提案を受け入れるかどうか、取締役会など公式の場で決議するどころか、検討することさえしなかった。

業を煮やした両社は、次の手を探る。「トップ同士で話し合ってもらおう」「ステージを上に上げよう」。双方合意の上で、トップ会談に移行。10月6日を最後に、事務局会が開かれることはなかった。

局面打開を委託されたトップ会談はこれまで、合計5回行われた。1回目が2022年10月18日、2回目が11月2日、3回目が11月14日、4回目が11月25日、そして最後の5回目が12月5日。すべて万丈氏と武澤社長の2人きりで会っている。万丈氏の右腕的存在の村上氏でさえ、「トップ会談には同席しなくていい」と万丈氏から言われたようだ。会談場所はすべて、東洋建設の本社にある応接室だった。