ダイヤモンド編集部, 名古屋和希:副編集長

2023年6月1日

東洋建設がインフロニアに提携解消を提案も直後に買収受諾、変節の陰に「密約」の存在

5月24日、記者会見する東洋建設の武澤恭司社長(左)と大林東寿専務 Photo:JIJI

 

海洋土木の東洋建設が、昨年に準大手ゼネコンのインフロニア・ホールディングスから買収提案を受けた後に、インフロニアに対して資本提携の解消を申し入れていたことが関係者への取材で分かった。加えて、東洋建設は直後に、インフロニアの傘下入りを決断していたことも判明した。インフロニアによる東洋建設の買収に割って入った任天堂創業家の資産管理会社は、合併会社のポストなどを巡って両者間に“密約”があったと主張しており、東洋建設の短期間での“変節”が疑念をさらに深めることになりそうだ。(ダイヤモンド編集部副編集長 名古屋和希)

 

東洋建設がインフロニアに提携解消を提案
直後にインフロニアの買収提案受諾の“怪”

 昨年、準大手ゼネコンで前田建設工業を傘下に持つインフロニア・ホールディングスによる海洋土木の東洋建設への株式公開買い付け(TOB)を巡って新たな事実が判明した。

 新事実は、東洋建設がインフロニアから買収提案を受けた後に、インフロニアに対し、同社が持つ20%の東洋建設株の買い戻しを申し出ていたというものだ。加えて、東洋建設が直後にインフロニアの買収提案の受諾に転じたことも判明した。

 詳細を明かす前に、これまでの経緯を振り返っておこう。インフロニアは昨年3月に東洋建設に対し、非公開化を前提にしたTOBを提案。東洋建設もTOBに賛同し、インフロニアの傘下入りを決めた。

 そこに割って入ったのが、任天堂創業家の資産運用会社、ヤマウチ・ナンバーテン・ファミリー・オフィス(YFO)だった。市場で株式を買い進めたYFOの持ち株比率は3割近くに達した。

 同年5月、YFOは友好的な協議を前提にTOBによる東洋建設の非公開化を正式提案。TOB価格はインフロニアの1株770円を大きく上回る1株1000円とした。

 結局、YFOの介入でインフロニアによるTOBは不成立に終わる。その後、YFOと東洋建設は複数回にわたり協議の場を持ったものの、議論は平行線をたどった。

 東洋建設は「(非公開化で)会社の存続が危うくなる」などと主張し、YFOは「東洋建設は具体的な協議を進めない」などと不満を募らせた。

 今年に入り、YFOは東洋建設に株主提案する方針を決定。東洋建設とYFOは6月下旬の定時株主総会で対決する(『【スクープ】任天堂創業家のファンドが東洋建設に株主提案へ、6月総会で「取締役選任」を要求』参照)。

 両者の対立が激化する中で、争点に浮上したのが“密約”の存在だ。密約とは、インフロニアによるTOBの際に、東洋建設の役員が買収後にインフロニアの取締役に就くという内諾を得ていたというものだ。

 YFO側は「意図的に開示しておらず、企業統治の観点で極めて問題だ」と指摘。併せて、「密約を取り交わしたとされる東洋建設の取締役がインフロニアTOBへの賛同を主導し、一般株主の利益を損ねた」と批判している。

 ダイヤモンド編集部は密約の存在をうかがわせるメモを入手し、内容を完全公開している(『東洋建設がインフロニアTOBで「密約」の証拠メモ入手!任天堂創業家との対立で深まる疑惑』参照)。

 今回判明した新たな事実は、密約の疑いをさらに深めることになりそうだ。次ページでは、インフロニアに資本提携解消を申し出た直後に、買収を受諾した東洋建設の“不可解”な対応の詳細を明らかにする。加えて、東洋建設の一連の動きがはらむ法令上のリスクについても解説する。

 

プレミアム上乗せで買い取りを提案
1週間でTOB受け入れに方針転換

「昨年にインフロニアに株式の買い戻しを提案した」。ある東洋建設関係者はそう打ち明ける。

 同関係者によると、東洋建設の武澤恭司社長が昨年2月上旬、インフロニアに対し、同社が保有する東洋建設株の買い戻しを申し出たという。提案では、買い戻し価格にプレミアムが乗せられたとされる。

 インフロニアの前身である前田建設工業は、2003年に東洋建設に約20%を出資し、持ち分法適用会社としてきた。つまり、東洋建設の申し出は、資本提携関係を解消するというものだ。

 東洋建設の社内では申し出に前後して、「株の買い戻しだけでなく、MBO(経営陣が参加する買収)や友好的な株主である『ホワイトナイト』の依頼といった選択肢も検討されていた」(同関係者)という。最終的に、最も現実的なオプションとして株式の買い戻しが採用されたもようだ。

 だが、東洋建設は即座にこの方針を撤回している。同関係者によると、経営陣は申し出から1週間もたたないうちに、インフロニアからの株式の買い戻しを断念したという。

 問題はそのタイミングである。

 インフロニアが東洋建設のTOBに当たり開示した公開買付届出書によると、インフロニアは昨年1月26日に、東洋建設に買収の初期提案をしたとされる。

 つまり、東洋建設は買収提案を受けた直後に、インフロニアが持つ東洋建設株の買い戻しを申し出たことになる。

 だが、こうした経緯は届出書などでは一切触れられていない。金融商品取引法では、TOBの提案を受けた企業が賛否を開示する意見表明報告書に「意思決定に至った過程」などを記載するよう求めている。

 今回の件では、東洋建設がインフロニアとの資本提携解消に動いていたという事実は、TOBに応募するかどうかを検討している東洋建設の株主にとっても重要な判断のポイントとなり得る。

 従って、東洋建設がこうした事実を開示していなかったことが、投資家の適切な判断を阻害したと認定される恐れもあるのだ。

 

東洋建設の変節の陰に“密約”の存在?
統合交渉でポストを要求した過去も

 何より不可解なのが、東洋建設が資本提携の解消を申し入れたにもかかわらず、わずか1週間程度で断念したことだ。買収受諾は、提携解消とは真逆の結論である。

 わずか数週間で東洋建設の判断が二転三転したという事実によって密約疑惑はさらに深まりそうだ。東洋建設の経営陣が買収された後も役員ポストを確保できるという密約を見返りに、買収を受諾したとの見方である。

 そもそも東洋建設は、前田建設工業などを主体にインフロニアが発足する前の21年に参画交渉に加わったが、傘下入りは見送っている。別の関係者によると、当時、東洋建設の経営陣は取締役ポストなどを求めたが断られていたという。

 仮に今回密約があったとすれば、東洋建設の経営陣にとっては前回の交渉時よりもポスト面では良い条件を勝ち取った形となる。短期間での東洋建設の急旋回は、密約の疑念をさらに深めたといえそうだ。

 東洋建設は今月24日、YFOによるTOBに反対する意見を取締役会で決議。武澤氏が退任し、後任に大林東寿専務を昇格させる人事案も発表した。

 正式な反対表明で、東洋建設とYFOは6月下旬の株主総会で全面対決する構図となった。両者の間には、密約などの調査を求めてYFOが要請した臨時株主総会の招集を巡って法廷闘争も続いており、対立は泥沼の様相を呈している。